秘密保持契約書における違約金条項の法的効力と適切な設定方法

ごあいさつ

企業間の共同開発や業務提携、あるいは外部への業務委託を行う際、自社の技術情報、顧客情報、事業計画といった秘密情報を相手方に開示することは避けられません。これらの情報を守るために締結するのが秘密保持契約書(NDA)ですが、万が一、情報漏洩という最悪の事態が発生した場合、企業が被る損害は計り知れません。

情報漏洩によって受ける損害、例えば技術の流出による市場競争力の低下や、顧客の逸失利益などは、その金額を具体的に立証することが非常に困難であることが一般的です。そのため、多くの事業者は、「秘密が漏れたら困る」という漠然とした不安に加え、「漏洩した際の損害を確実に回収したい」という具体的なニーズを持たれています。

このニーズに応えるため、秘密保持契約書に盛り込まれるのが違約金条項です。これは、契約違反があった場合に、あらかじめ定めた金額を相手方に請求できるという、秘密保持義務の履行を強力に担保する規定です。

本記事では、秘密保持契約における違約金条項の法的効力の基礎と、事業を守るためにどのように設定すべきかを、法律家の視点から詳しく解説していきます。

秘密漏洩時のリスクと違約金条項による確実な損害回収

秘密保持契約を締結していても、相手方の過失や意図的な行為によって秘密が漏洩するリスクはゼロにはなりません。秘密漏洩が発生した場合、情報開示側が直面する最も大きな問題は、損害額の立証の難しさです。

通常の民事訴訟では、損害賠償を請求する側が「実際にこれだけの損害が発生した」ことを、具体的な証拠をもって裁判所に証明しなければなりません。しかし、秘密情報の場合、その経済的価値や、漏洩によって失われた将来の利益を正確に計算することは、事実上不可能に近いと言えます。例えば、新しい技術のアイデアが漏れた場合、「この技術が実現していれば得られたはずの利益」を証明するのは極めて困難です。

ここで、違約金条項が強力な効果を発揮します。違約金条項は、民法上の損害賠償額の予定として機能することが一般的であり、これにより、情報開示側は実際の損害額を立証する手間を省き、契約書に定められた違約金の金額を、契約違反者に請求することが可能となります。

つまり違約金条項は、秘密漏洩という法的リスクに対する迅速かつ確実な金銭的回収手段を、あらかじめ確保しておくための「法的安全装置」と言えます。

違約金条項がないために秘密漏洩の損害回収に失敗した架空の事例

これは、秘密保持契約書に違約金に関する明確な条項を設けなかったために、秘密漏洩後の損害回収に失敗してしまった架空の企業A社の事例です。

IT技術開発を専門とするA社は、外部のシステム開発会社B社と、独自のアルゴリズムを用いた新サービスの開発について協議するにあたり、秘密保持契約書(NDA)を締結しました。このNDAには、秘密保持義務の規定はありましたが、違約金に関する具体的な規定や、損害賠償額の予定に関する規定は含まれていませんでした。

協議が終了した後、A社はB社との契約を見送りました。数ヵ月後、B社がA社のアルゴリズムと酷似した技術を搭載したサービスを、別のクライアントに提供していることが発覚しました。A社は秘密保持契約違反であるとして、B社に対し、損害賠償を請求する訴訟を起こしました。

訴訟において、A社は「このアルゴリズムは将来的に数億円の利益を生むはずだった」と主張しましたが、B社は「それはA社の希望的観測であり、実際の損害ではない」と反論しました。A社は、アルゴリズムの経済的価値や、B社の漏洩行為によってA社が被った具体的な市場での損失を証明するための複雑な財務分析や専門家の証言を用意しなければならず、裁判は長期化しました。

結果として、A社が証明できた損害額は、当初期待していた金額を大幅に下回るものとなり、訴訟にかかった時間と費用を考慮すると、法的な勝利は得たものの、実質的な経済的利益はほとんど得られないという結末を迎えてしまいました。

この事例は、秘密情報が漏洩した場合、損害の立証がどれほど困難であるかを如実に示しています。あらかじめ契約書に違約金条項を設けていれば、このような煩雑で不確実な損害額の立証を経ることなく、迅速に金銭的回収を行うことができた可能性が高いのです。

違約金条項と損害賠償額の予定|秘密漏洩対策の法的基礎

秘密保持契約書に盛り込む違約金条項は、法律的には民法に定められた損害賠償額の予定として位置づけられます。この法的性質を理解することが、適切な条項の設定に不可欠です。

「違約金」という用語は、契約違反があった場合に支払う金銭を指しますが、法律上、違約金には大きく分けて二つの種類があります。

  • 損害賠償額の予定としての性質を持つ場合
  • 制裁金としての性質を持つ場合

秘密保持契約書では、通常、前者の「損害賠償額の予定」としての性質を持つと解釈されます。

民法第420条と損害賠償額の予定

この損害賠償額の予定については、民法にその法的根拠が明確に定められています。

民法第四百二十条

1 当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。

2 損害賠償の額が予定されたときは、債権者は、債務の不履行につき、
  その予定額の請求をするにとどまり、更に損害の賠償を請求することができない。

3 損害賠償の予定は、履行の請求又は解除権の行使を妨げない。

この条文のうち、第一項は、契約当事者間で「もし契約が守られなかったら、この金額を支払う」とあらかじめ合意しておくこと(損害賠償額の予定)を認めています。

この規定の最大のメリットは、第二項にあるように、一度この額を予定しておけば、実際に秘密漏洩によっていくらの損害が発生したかを証明する面倒な立証責任から解放される点です。つまり、漏洩があった時点で、定めた金額を直ちに請求できるという、非常に強力で実務的な法的効果を持ちます。

ただし注意点として、予定した額を超える損害が発生していたとしても、原則として予定額を超える請求はできない(同条第二項)という側面もあります。そのため、違約金(損害賠償額の予定)の金額は、

  • 漏洩した秘密情報の価値
  • 想定される最大のリスク

などを考慮し、現実的かつ合理的な範囲で、かつ十分に抑止力となる金額を設定することが求められます。極端に高額な違約金は、公序良俗に反し無効とされるリスクもあるため、専門的な検討が不可欠です。

差止請求権との関係

違約金条項の作成において、もう一つ重要な専門用語として差止請求権があります。これは、秘密情報が漏洩した、または漏洩するおそれがある場合に、その漏洩行為や不正な利用行為をやめるように裁判所に求める権利です。

違約金による金銭的な回収と、この差止請求権による不正行為の停止は、秘密情報を守るための二本柱となります。契約書では、違約金条項とは別に、情報開示側が差止請求権を有することを明確に定めることが重要です。

秘密保持契約書における違約金条項の具体的な規定例

秘密保持契約書に盛り込む違約金条項は、単に「違反したら百万円支払う」と書くだけでは不十分です。それが「損害賠償額の予定」であることを明確にし、その金額が合理的であることを担保する文言が必要です。

契約書作成例(条項サンプル)

秘密保持契約書(一部抜粋)

第〇条(損害賠償額の予定)
1 受領当事者は、本契約の規定に違反し、秘密情報を漏洩し、又は目的外に利用した場合、
  開示当事者に対し、金〇〇万円を違約金として直ちに支払うものとする。

2 前項に定める違約金は、民法第四百二十条に定める損害賠償額の予定とみなすものとし、
  開示当事者は、秘密保持義務の違反によって現実に発生した損害の額の立証をすることなく、
  前項に定める違約金の支払いを請求することができる。

3 開示当事者は、本条に定める違約金の請求に加えて、
  秘密情報の漏洩又は不正利用行為について、差止請求権を行使することを妨げない。

この文例のように、「損害賠償額の予定とみなす」という文言を明確に入れることで、その条項の法的性質を確定させ、損害額の立証責任を回避できるという最大のメリットを確保します。

また第三項では、金銭の回収だけでなく、不正行為そのものを止めるための差止請求権の行使を妨げないことを確認し、権利の確保を万全にしています。

将来の事業リスク軽減のために|専門家に相談すべき契約書作成のポイント

秘密保持契約書は、企業の最も価値ある資産である「情報」を守るための生命線です。その核となる違約金条項を、安易なテンプレートで済ませてしまうことは、将来の事業リスクを無防備な状態に放置することに他なりません。

違約金の金額をいくらに設定するか、差止請求権をどのように規定するかは、

  • 開示する秘密情報の性質
  • 取引の規模・相手方との関係
  • 業界の慣行やビジネスモデル

など、個別の事情によって最適解が異なります。極端に低い金額では抑止力にならず、高すぎると法的に無効とされるリスクが生じます。

書類作成の専門家である行政書士に依頼することは、お客様の事業内容を深く理解した上で、その情報に見合った、現実的かつ法的効力のある違約金条項を含んだオーダーメイドの秘密保持契約書を作成してもらうことを意味します。

手間や費用を惜しまずに、専門家の客観的な助言と知識を取り入れることが、企業の知的財産を守り、将来の事業リスクを最小限に抑えるための、最も確実な経営判断となるでしょう。

事業の安全を守るための万全な秘密保持契約書作成サポート

貴社の大切な秘密情報、そして事業の将来を守るための秘密保持契約書の作成・見直しは、当事務所にお任せください。

違約金条項、差止請求権、秘密情報の定義といった、秘密保持契約の核心となる部分について、貴社の事業リスクに応じて最適な内容をご提案し、法的に揺るぎない契約書を作成いたします。秘密保持契約書を公正証書として作成し、さらに金銭債務に関する部分の執行力を高めることも可能です。

ご相談は、お問い合わせフォーム、または公式ラインからお気軽にご連絡ください。事業の重要な局面におけるご相談ですので、迅速な返信と、お客様の情報が外部に漏れないよう秘密厳守を徹底した丁寧な対応を心がけております。

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