マッチングアプリのドタキャンは法的責任を問えるか 損害賠償請求に向けた内容証明と契約の視点

はじめに

マッチングアプリを利用した出会いは、現代の社会において広く一般化していますが、それに伴い、「ドタキャン」、すなわち約束の直前や無断でのキャンセルといったトラブルも増加しています。ドタキャンは、多くの場合、単なるマナー違反や倫理的な問題として片付けられがちです。しかし、予約制の店に対するキャンセル料や、相手との約束のために費やした時間、そしてそれによって被った精神的な苦痛といった具体的な損害が発生している場合、ドタキャンという行為が法的な責任を問われる問題へと発展する可能性があります。

特に、ドタキャンによって生じた損害の回復を目指す場合、感情的な抗議や口頭でのやり取りでは相手に真剣に取り合ってもらえないことがほとんどです。この紛争を法的な解決へと導くためには、自己の権利を明確に主張し、その事実を公的に証明する内容証明郵便の活用が不可欠となります。

この記事では、マッチングアプリのドタキャンという行為が、法律上、信義則や不法行為といった観点からどのように評価されるのかを解説します。そして、損害賠償請求を行う際の具体的な手段である内容証明の役割と効果、さらに、その後の示談や和解を確実なものとするための公正証書作成の重要性について、法律の専門家としての視点から深くご説明いたします。

この記事でわかること

この記事をお読みいただくことで、マッチングアプリのドタキャンという行為が、単なる社交上の問題ではなく、場合によっては不法行為に基づく損害賠償の対象となりうる法的側面を理解することができます。また、損害賠償請求を確実に行うための内容証明の役割、そして紛争を金銭的な合意で終結させた後に、その合意内容を公正証書として残すことの重要性について深く知ることができます。

事例

これはあくまで架空の事例ですが、ドタキャンによる具体的な損害が発生する状況です。

会社員のNさん(30代男性)は、マッチングアプリを通じて知り合ったOさんと意気投合し、初めてのデートとして、一人あたり一万五千円のコース料理を提供する、事前の予約とキャンセル料が必須の高級レストランを予約しました。予約時、NさんはOさんに、キャンセル料が発生する予約であること、そして二人の名前で予約したことを伝えていました。しかし、デート当日、約束の時刻の一時間前にOさんから「急用ができたので行けなくなった」というメッセージが届き、その後、Oさんとは一切連絡が取れなくなりました。Nさんは、レストランのキャンセル料全額(三万円)を支払うことになり、Oさんとの約束のために半日を費やした時間と、楽しみにしていた予定が台無しになった精神的な苦痛を強く感じました。Nさんは、Oさんの無責任なドタキャンによって具体的な経済的損害と精神的な苦痛を被ったため、このまま泣き寝入りするのではなく、法的な責任を追及することを検討し始めました。

法的解説と専門用語の解説

ドタキャンの法的評価と不法行為責任

マッチングアプリでの約束は、通常、民法上の厳密な「契約」とは言いにくい側面があります。しかし、Nさんの事例のように、予約制の店を二人の名前で予約し、相手方もそれに同意していた場合など、特定の状況下では、デートの約束が単なる社交上の約束を超え、信義則(信義誠実の原則)に基づく一定の法的義務を伴うと評価される可能性があります。そして、約束を反故にすることで、相手方に具体的な損害を与えた場合、その行為は不法行為として、損害賠償責任を問われる可能性があります。

ここで、不法行為による損害賠償請求権の根拠となる民法から、条文を引用し、その解説を加えます。

民法 第七百九条 「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

この条文に基づき、Oさんの行為が、約束の履行を拒否し、Nさんに経済的損害(キャンセル料)や精神的損害という「法律上保護される利益の侵害」をもたらしたと認められれば、NさんはOさんに対して損害賠償請求を行うことができる法的な根拠となります。ドタキャンという行為が、相手方の権利を侵害する故意または過失による行為であったかどうかが、法的な責任を問う上での焦点となります。

「信義誠実の原則」と「不法行為」

次に、ドタキャン問題の法的評価に関連して知っておくべき二つの専門用語について解説します。

一つ目の用語は、「信義誠実の原則」(信義則)です。これは、民法第一条第二項に規定される、権利の行使および義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならないという、法的な大原則です。Nさんの事例において、デートの約束は厳密な契約でなくても、相手に具体的な費用負担が生じる予約を了解していたにもかかわらず、正当な理由なく直前にキャンセルし、連絡を断つ行為は、この信義則に反するものとして、法的な非難の対象となり得ます。

二つ目の用語は、「不法行為」です。先述の通り、故意や過失により他人に損害を与えた行為を指し、損害賠償責任が発生する根拠となります。Nさんが損害賠償請求を行う際には、Oさんのドタキャン行為が、単なるルーズな行為ではなく、キャンセル料の発生を予見できたにもかかわらず連絡を断ったという、故意または過失による不法行為であることを、内容証明郵便によって論理的に主張することが求められます。

内容証明がドタキャン問題解決にもたらす効果

損害賠償請求の明確な意思表示

Nさんが口頭やアプリのメッセージでOさんに損害賠償を求めても、「言った、言わない」の水掛け論になるか、無視される可能性が高いです。しかし、内容証明郵便であれば、いつ、誰から誰へ、どのような内容の文書が送られたかを郵便局が公的に証明するため、Nさんは「私はOさんに対して、〇月〇日にキャンセル料三万円と慰謝料の支払いを請求した」という損害賠償請求の意思表示の事実を確実な証拠として保全できます。

時効の完成猶予と証拠の保全

不法行為に基づく損害賠償請求権にも時効があり、一定期間行使しないと権利が消滅してしまいます。内容証明郵便によって相手方に「支払を請求する」という意思表示を行うと、その意思表示を行った日から六ヶ月間、時効の完成が猶予されます。これは、Nさんが損害賠償請求という法的手続きの準備を進めるための重要な時間的猶予を確保することになります。また、内容証明にドタキャンの具体的な事実、損害額、そして不法行為にあたる法的根拠を記載することで、後の裁判や調停で必要となる証拠の骨子を固める役割も果たします。

紛争終結のための合意書と公正証書

和解契約書による紛争の終結

内容証明の送付によって交渉が開始され、Oさんとの間で損害賠償金の支払いに関して合意が成立した場合、その合意を完全に法的拘束力のある形で終結させることが、再度の泣き寝入りを防ぐために最も重要です。

NさんとOさんの間で、キャンセル料の負担や慰謝料の金額について合意に至った場合、その詳細な内容を記載した和解契約書を作成します。この契約書には、具体的な支払金額、支払期限、そして「本件ドタキャンに関する一切の紛争について、この和解をもって解決し、今後、互いに一切の請求を行わない」という清算条項を必ず盛り込まなければなりません。この和解契約書を行政書士が作成することで、法的な抜けがなく、将来の紛争の蒸し返しを防ぐ、確実な解決となります。

公正証書による合意内容の実行力確保

和解契約書に記載された金銭の支払いに関する合意、特に損害賠償金の支払いについては、公証役場で公正証書として作成することが、その実行力を高める上で極めて重要です。公正証書に強制執行認諾文言を盛り込むことで、万が一、Oさんが約束の期日までに支払いを怠った場合でも、裁判手続きを経ることなく、Oさんの財産に対して強制執行を行うことが可能となります。ドタキャンによる損害賠償請求は、単に相手に責任を認めさせるだけでなく、合意した金銭を確実に回収することが最終目的であり、公正証書は泣き寝入りを完全に防ぐための最も強力な手段となります。

記事のまとめ

マッチングアプリにおけるドタキャンは、単なるマナー違反ではなく、Nさんの事例のように具体的な損害が発生した場合には、民法上の不法行為として損害賠償責任を問われる可能性があります。この責任を追及するためには、まず内容証明郵便を送付し、損害賠償請求の意思表示を明確にし、時効の完成猶予という法的な効果を確保することが不可欠です。

内容証明の送付によって交渉が成立した後は、その解決内容を詳細に記した和解契約書を作成し、紛争を完全に終結させる必要があります。そして、この和解契約書に記載された金銭の支払いに関する合意を公正証書とすることで、支払い不履行があった場合に裁判なしで強制執行を可能にする、最も強力な法的実行力を得ることができます。

当事務所では、ドタキャン問題における損害賠償請求のための内容証明の作成代行をはじめ、紛争を終結させるための和解契約書の作成、そして金銭支払いの確実な実行を可能にする公正証書の作成サポートを通じて、被害に遭われた方の権利回復を力強く支援しております。ドタキャンによる損害を法的に解決し、泣き寝入りを防ぐために、ぜひ専門家にご相談ください。