契約書作成のプロ行政書士が解説する 婚約破棄と既婚者との交際における法的リスク
はじめに
この度は、本ブログにお越しいただき、誠にありがとうございます。
私は、主に契約書の作成や公正証書の作成を専門とする行政書士として活動しております。私たちが日常生活で交わす約束や取り決めは、時として法的な問題に発展することがあります。特に男女間の関係においては、将来の結婚をめぐる約束や、交際相手が既婚者であった場合の予期せぬトラブルなど、感情が絡む複雑な問題が多く存在します。
法的な専門家として、皆様が抱えるかもしれない不安や疑問を少しでも解消し、適切な対応をとるための情報を提供したいと考えております。
この記事でわかること
この記事では、交際相手に結婚の意思があるのかどうかを知りたいという、多くの方が抱える切実な疑問を出発点としながら、もし交際相手が既婚者であった場合に生じうる、深刻な法的リスクについて深く掘り下げて解説します。特に、婚約が成立していたと考えられるケースでの婚約破棄の問題や、不貞行為に基づく損害賠償請求といった、法律の専門家である行政書士が日頃から相談を受ける具体的な法的論点を取り上げます。法律用語が多少わかる方を主な読者層として想定しておりますので、関連する法律の条文とその解説を交えながら、専門的かつ丁寧にご説明いたします。
事例
これはあくまで架空の事例であり、特定の個人や状況を指すものではありません。
A子さん(30歳、会社員)は、交際相手であるB男さん(35歳、自営業)と出会ってから3年が経過しました。交際当初からB男さんは「将来はA子さんと結婚したい」と話し、二人は同棲生活を始め、互いの両親にも紹介を済ませていました。A子さんは B男さんのプロポーズを受け、結婚式の会場を下見したり、新居購入のための資金計画を立て始めたりするなど、具体的な結婚準備を進めていました。A子さんは、自身のキャリアを諦めて専業主婦になることも考え、勤めていた会社に退職の意思を伝えていました。
しかし、最近になって B男さんの態度が急に冷たくなり、結婚の話を避け始めるようになりました。問い詰めたところ、B男さんは「結婚はまだ考えられない」と曖昧な返答を繰り返すばかりでした。A子さんは不審に思い、共通の知人に相談したところ、衝撃の事実を知らされました。B男さんは、なんと交際開始当初から既婚者であり、妻である C子さん(40歳、主婦)と現在も婚姻関係が継続しているというのです。B男さんは A子さんとの交際を続けるため、妻とは別居していると嘘をつき、指輪まで贈って「婚約」を匂わせていたのでした。
A子さんは、将来を信じて具体的な行動まで起こしていたにもかかわらず、裏切られたことに大きなショックを受けました。B男さんの妻である C子さんからは、突然、A子さんに対して慰謝料を請求する内容証明郵便が届き、A子さんは精神的に追い詰められてしまいました。A子さんが結婚を信じて費やした時間や金銭、そして B男さんが既婚者であることを隠していたことによる精神的苦痛は計り知れません。A子さんは、この状況を法的にどのように解決できるのか、また C子さんからの請求にどう対応すべきか、法律の専門家に相談することを決意しました。
法的解説と専門用語の解説
この事例には、「婚約破棄」と「不貞行為による損害賠償請求」という二つの重要な法的論点が含まれています。法律の専門家として、これらの用語について、条文を引用しつつ詳しく解説いたします。
まず、一つ目の専門用語は「婚約」です。
婚約とは、将来夫婦となることを当事者間で約束する契約であり、法的な拘束力を持ちます。単なる口約束や恋人関係とは異なり、結婚に向けて真摯な意思を持ち、具体的な準備行為(例えば、両家の顔合わせ、結納、結婚指輪の購入、結婚式場の予約、新居の準備、退職など)が行われている場合、法的に「婚約が成立している」と見なされる可能性が高くなります。この婚約が正当な理由なく一方的に破棄された場合、破棄した側は、相手方に対して損害賠償責任を負うことがあります。
ここで関連する法律の条文は、民法第709条です。これは、不法行為による損害賠償責任を定める基本的な規定です。
民法第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
この条文は、婚約破棄という特定の行為を直接的に定めているわけではありませんが、正当な理由のない婚約破棄は、結婚という法律上保護されるべき利益を侵害する「不法行為」と評価されることがあります。事例の B男さんのように、具体的な結婚準備を進めておきながら、一方的に結婚を拒否することは、不法行為と見なされ、A子さんが被った精神的苦痛(慰謝料)や、結婚準備のために支出した費用(例えば、結婚式場のキャンセル料、新居の準備費用など)を賠償する責任を負う可能性があります。特に、B男さんが既婚者であったという事実は、最初から結婚の約束を果たす意思がなく、A子さんを騙していたということになり、悪質性が極めて高いと判断されるため、賠償額も高額になる傾向があります。
次に、二つ目の専門用語は「不貞行為」です。
不貞行為とは、配偶者のある者が、配偶者以外の第三者と自由な意思に基づいて肉体関係を持つことを意味します。これは、民法第770条第1項第1号に規定される、裁判上の離婚原因の一つとされています。不貞行為は、婚姻共同生活の平和を維持するという配偶者の権利を侵害する行為であり、不法行為(民法第709条)に該当します。
事例では、B男さんは既婚者であるにもかかわらず、A子さんと交際し、同棲までしていました。これは、B男さんと B男さんの妻である C子さんとの関係においては、B男さんの不貞行為にあたります。そして、妻 C子さんは、不貞行為を行った B男さんだけでなく、その不貞の相手方である A子さんに対しても、共同不法行為者として損害賠償(慰謝料)を請求することができます。
ただし、不貞行為の相手方である A子さんが、交際相手の B男さんが既婚者であると知らなかった場合、すなわち「善意かつ無過失」であった場合には、A子さんは不法行為責任を負いません。不法行為責任を負うのは、「故意又は過失によって」他人の権利を侵害した者に限られるからです(民法第709条)。
事例の A子さんは、B男さんが既婚者であることを知らず、結婚を信じていたという状況です。したがって、A子さんが B男さんの既婚の事実を知ることに過失がなかったと証明できれば、C子さんからの慰謝料請求に対しては、責任がないものとして対抗できる可能性が高いです。しかし、B男さんが結婚指輪を外していた、週末になると家に帰らないことがあったなど、既婚者であることを疑うに足る状況があったにもかかわらず、漫然と交際を続けていたと判断される場合は、「過失があった」と見なされ、損害賠償責任を負う可能性も否定できません。この「過失」の有無が、A子さんの法的リスクを左右する極めて重要なポイントとなります。
法律の専門家である行政書士は、このような状況において、A子さんが B男さんに対して損害賠償を請求するための証拠収集のアドバイスや、請求書(内容証明郵便)の作成、そして C子さんからの請求に対する反論書面や示談書の作成などをサポートすることが可能です。特に、婚約破棄のケースでは、婚約の成立を裏付ける証拠や、被った損害額を証明する資料の整理が不可欠であり、専門的な知識と経験が求められます。
まとめ
交際相手に結婚の意思があるかを知りたいという動機から始まった問題が、相手が既婚者であったという事実によって、極めて複雑で深刻な法的トラブルへと発展する可能性があります。
結婚の約束を信じていた側にとっては、婚約破棄による精神的苦痛や金銭的損害を被る可能性がありますが、正当な理由のない婚約破棄は、民法第709条に基づく不法行為として、損害賠償請求の対象となります。架空の事例の A子さんのように、結婚準備を進めていた証拠が多数あれば、その請求はより具体性を持ちます。
一方で、既婚者との交際という側面から見ると、不貞行為の相手方として、既婚者の配偶者から慰謝料を請求されるという法的リスクも生じます。この場合、交際相手が既婚者であることを「知っていたか」「知るべきであったか」という、故意または過失の有無が、自身の法的な責任を決定づける鍵となります。A子さんのように、被害者としての側面と、共同不法行為者として訴えられる可能性という、二つの異なる法的立場に立たされることもあるのです。
このようなデリケートかつ専門的な判断が求められる状況において、感情的な対応ではなく、冷静に法的な権利義務を整理し、適切な書面を作成することが極めて重要となります。行政書士は、皆様の抱える問題の事実関係を正確に把握し、婚約破棄における損害賠償請求の根拠となる契約書や合意書の作成支援、あるいは、慰謝料請求に対する適切な反論書面の作成を通じて、皆様の法的な安定と権利の保護に貢献いたします。
もし、この記事で触れたような問題に直面されている方がいらっしゃいましたら、複雑な感情が絡み合う中で、法的な冷静さを保つためにも、専門家である行政書士にご相談ください。法律の条文に基づき、あなたの状況に合わせた最善の解決策を、公正証書の活用なども含めて提案させていただきます。




