国際業務委託契約書作成の要点 準拠法と紛争解決条項の設定戦略
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ごあいさつ
国境を越えた業務委託契約は、海外の優れた人材や技術を活用し、事業をグローバルに展開するための重要な手段です。国内の企業やフリーランスとの取引に慣れている事業者の方々にとって、国際的な取引契約を締結する際には、国内契約とは全く異なる法的視点が必要となります。それは、契約書の内容だけでなく、「いざトラブルになったとき、どの国の法律が適用され、どの国の裁判所で解決するのか」という、取引の根幹に関わる問題です。
日本の業務委託契約書の雛形をそのまま英訳して使用することは、非常に危険な行為です。なぜなら、契約の解釈や履行、違反時の処理に関して、どの国の法律を適用するか(準拠法)、そしてどこで裁判を行うか(裁判管轄)を明確に定めていなければ、予期せぬ国の法律や裁判所の管轄に服することになり、大きな不利益を被る可能性があるからです。
この記事では、国際業務委託契約書を作成するにあたって、特に重要となる「準拠法」と「紛争解決条項」の設定戦略について、法律の知識がある読者の方に向けて丁寧に解説していきます。
国内雛形利用の危険性と国際契約を成立させる三つの重要事項
国際業務委託契約書においては、国内契約書ではほとんど問題にならない以下の三つの事項が、契約の成否とリスク回避の鍵となります。
一つは、準拠法(Governing Law)です。これは、契約書の内容を解釈し、契約違反などの紛争を解決する際に、どの国の法律を適用するかを定める条項です。この条項がなければ、契約は当事者のいずれかの国の法律、あるいは国際私法のルールに従って決定されることになり、自社にとって不利な法律が適用されるリスクが生じます。
二つ目は、紛争解決方法です。裁判で解決するのか、それとも仲裁(Arbitration)という非公開の手続きで解決するのかを定めます。国際取引においては、相手国の裁判所に訴訟を起こすのは手続きが煩雑で費用もかかるため、第三国での仲裁を選択することが一般的です。
三つ目は、言語(Language)です。契約書を英語と日本語の二カ国語で作成する場合、両言語間で解釈に齟齬が生じた際に、どちらの言語を正本とするかを明確に定める必要があります。これが明確でないと、「契約書に二つの内容がある」という深刻な紛争につながります。
これらの国際契約特有の重要事項が、国内の雛形には適切に盛り込まれていないため、安易な利用は極めて危険なのです。
準拠法を定めなかったために外国の法律で不利益を被った架空の取引事例
これは、国際業務委託契約書を作成する際、準拠法に関する条項を意図的に省略したために、重大なトラブルに発展してしまった架空の日本企業A社の事例です。
A社は、インドのフリーランスエンジニアB氏との間で、ウェブサイト開発に関する業務委託契約を締結しました。A社は、相手に配慮する形で「特に揉めることはないだろう」と考え、契約書に準拠法に関する規定を設けませんでした。
開発が完了し、A社がB氏に報酬を支払った後、A社の要求する仕様の一部が未達であったことが判明しました。A社は契約不履行であるとして、B氏に損害賠償を請求しました。
しかし、B氏は「契約に準拠法の定めがない以上、契約の締結地あるいは履行地であるインドの法律が適用されるべきだ」と主張しました。そして、インドの法律では、業務委託契約における委託者の損害賠償請求権の時効が、日本の民法と比べて極端に短く定められており、A社の損害賠償請求が既に時効によって消滅しているという抗弁を提起しました。
A社は、日本の弁護士に相談しましたが、準拠法の定めがないため、日本の法律を適用することが難しく、結局、インドの法律専門家に依頼し、国際的な訴訟手続きに進まざるを得なくなりました。結果、A社は本来得られるはずだった損害賠償を回収できないばかりか、高額な国際弁護士費用と、長期にわたる紛争による事業の遅延という、二重の不利益を被ってしまいました。
この事例は、準拠法の設定を怠ることが、その契約の法的解釈全体、さらには時効といった基本的な権利にまで影響を及ぼし、自社にとって最も不利益な国の法律が適用されるリスクがあることを明確に示しています。
国際取引契約における三つの重要条項 準拠法・裁判管轄・仲裁の基礎知識
国際業務委託契約の安全性を確保するために、契約書に必ず盛り込むべき三つの重要条項、それが準拠法、裁判管轄、そして仲裁です。これらは、万が一紛争が生じた際の「戦いのルール」を定めるものであり、非常に専門的な検討を要します。
まず、準拠法です。国際契約において、当事者が準拠法を合意により選定できることは、法の適用に関する通則法という日本の法律で認められています。
法の適用に関する通則法第七条
法律行為の当事者が当該法律行為の成立及び効力について適用すべき法を選択したときは、その選択に従う。
この条文の解説ですが、当事者が「この契約については日本の法律を適用する」と明確に合意すれば、その合意が優先されることを定めています。国際業務委託契約においては、自社の事業が最も精通している日本の法律を準拠法とするのが、最も合理的でリスクの低い選択です。準拠法を定めることで、契約書の解釈、債務不履行の要件、そして損害賠償の範囲といった、すべての法的判断の基準が明確になります。
次に、裁判管轄と仲裁です。紛争解決の方法には、大きく分けて裁判(訴訟)と仲裁があります。
裁判管轄とは、「どの国の裁判所に、紛争解決の権限があるか」を定めることです。例えば、「本契約に関する紛争については、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」と定めることで、日本国内での裁判を強制できます。相手国の裁判所で争うことの煩雑さ(言語、手続き、コスト)を回避するため、自国の裁判管轄を指定することが、自社にとって有利な戦略となります。
しかし、国際取引においては、仲裁(Arbitration)という紛争解決手段がより好まれることがあります。仲裁とは、裁判所ではなく、当事者が選定した仲裁人が下す判断(仲裁判断)によって紛争を解決する手続きです。仲裁の最大のメリットは、仲裁判断が原則として世界中の多くの国で、裁判所の判決と同一の効力を持って執行できる点にあります(ニューヨーク条約)。また、手続きが非公開であり、専門家である仲裁人が判断を下すため、技術的な秘密が守られやすいという利点もあります。
国際業務委託契約書では、これらのメリットを享受するために、「本契約に関する紛争は、日本商事仲裁協会の規則に従い、東京で行われる仲裁によって最終的に解決される」といった仲裁条項を定めることが、非常に一般的な法的戦略となっています。
国際業務委託契約書における重要条項の具体的な規定例
国際業務委託契約書では、準拠法、紛争解決、そして言語をセットで規定することが、法的安定性の基礎となります。
契約書作成例
第〇条(準拠法、紛争解決及び言語)
1 本契約の成立、効力、解釈及び履行は、日本法を準拠法とし、日本法に従って解釈されるものとする。
2 本契約に関連して生じた紛争については、当事者はまず誠意をもって協議するものとする。協議によって解決しない場合は、日本商事仲裁協会の仲裁規則に従い、東京において仲裁により最終的に解決する。
3 本契約は、日本語及び英語で作成するが、両言語間で解釈に齟齬が生じた場合は、日本語の文言を正とする。
この文例では、第一項で準拠法を日本法と明記し、日本の法律を適用する法的根拠を明確にしています。第二項では、裁判所ではなく仲裁を選択することで、国際的な執行の確実性と非公開性を確保しています。さらに第三項では、日本語版を正本とすることで、解釈の統一を図り、契約書の二重性を回避するという、運用上の重要なリスク対策を行っています。
海外取引を成功に導くために 専門家による客観的なリスク評価の必要性
国際業務委託契約書の雛形は、インターネット上で見つかることもありますが、それらは多くの場合、特定の国や業界の慣行に基づいたものであり、日本の法律を適用することや、日本企業にとって有利な紛争解決手続きを確保するには、専門的な知識と調整が不可欠です。
特に、準拠法や紛争解決条項は、一度契約書に組み込んでしまうと、後から変更することが極めて難しくなります。万が一、不適切な条項が残っていると、海外取引において致命的な法的リスクを背負うことになりかねません。
書類作成の専門家である行政書士に依頼することは、お客様の取引内容や相手国との関係性を客観的に評価した上で、日本の法律を適用できる安全な契約書を作成してもらうことを意味します。手間や費用を惜しまず、国際取引の法的基盤を確固たるものにすることが、グローバルビジネスを成功に導くための、最も賢明な投資と言えるでしょう。
安全で円滑な国際取引のための契約書作成サポート体制
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