契約書レビューにAIを活用するメリットと限界 専門家への相談でリスクを最小化する戦略
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契約書業務の効率化とリーガルテックの台頭
現代のビジネスにおいて、契約書は企業活動の根幹をなす最も重要な書類の一つです。日常的に発生する取引契約、秘密保持契約(NDA)、業務委託契約など、その数は膨大であり、契約書のレビューや作成は法務担当者にとって大きな負担となっています。
近年、この契約書業務の現場に革新をもたらしているのが、AI(人工知能)を活用したリーガルテック、すなわち法務分野の技術革新です。特に、契約書レビューをAIが行うツールは急速に普及し、その処理速度とコスト効率の良さから多くの企業に注目されています。AIは、契約書に記載漏れがないか、自社のひな形と比較して不利な条項がないかといった形式的なチェックや、条文の特定、類似文書の検索などを短時間で完了させることができます。これにより、担当者はより戦略的で高度な判断が求められる業務に集中できるようになるという大きなメリットがあります。
しかしながら、AI活用が進む一方で、「AIにどこまで任せていいのか」「AIチェックだけで本当に安心なのか」という疑問や懸念も同時に生じています。技術は進化していますが、契約書という法律とビジネス慣習が複雑に絡み合う文書のチェックにおいては、AIには明確な限界が存在します。この限界を理解せずにAIのみに頼ると、かえって後で取り返しのつかない大きな法的・経済的なリスクを招くことになりかねません。
この記事では、AIによる契約書レビューがもたらすメリットを認めつつ、その技術的・法的な限界を明らかにします。そして、企業のリスクを最小限に抑え、円滑なビジネスを継続するために、AIレビューと経験豊富な専門家によるチェックをどのように使い分けるべきか、その最適な戦略について具体的に解説します。
AIレビューと専門家レビューの役割分担が明確になります
この記事を読み進めることで、読者の皆様は、自社での契約書レビュー体制を構築する上で非常に重要な知見を得ることができます。具体的には、AIによるレビューの得意分野と、人が介在しなければならない法的判断の領域が明確に理解できるようになります。
AIレビューは、数多くの条文からリスクワードを瞬時に抽出し、類型的なミスを見つけ出すことに優れています。しかし、個別の取引の背景事情や、将来起こりうる可能性のある紛争の予見、そして当事者間の長期的な信頼関係を考慮に入れた柔軟な判断は、人間でなければ不可能です。
当記事では、AIでは見つけられない「契約の盲点」を事例を交えて紹介し、貴社が抱えるかもしれない潜在的なリスクを可視化します。そして、契約のプロフェッショナルである行政書士が、AIのチェックを補完し、どのようにして契約書に真の安心をもたらすのかを具体的にお伝えします。
【事例】AIチェックで安心していませんか?取引先との継続的な関係を揺るがした契約書の落とし穴
これは、AIによる契約書チェックの限界を示す架空の事例です。あくまで一つの事例として、ご自身の業務に潜むリスクを考える際の参考としてお読みください。
あるITシステム開発会社A社は、業務効率化のため、新しく導入したAI契約書レビューツールを全面的に活用していました。A社は長年にわたり、継続的なシステム保守をB社に委託しており、定期的に契約を更新しています。今回の契約更新に際しても、B社から送られてきた業務委託契約書をAIツールでチェックしました。
AIツールは、過去の契約書との比較や、標準的な業界のテンプレートとの差異を瞬時に分析し、「解除条項」「損害賠償上限」「秘密保持義務」の3点について、A社にとって不利となる可能性のある特定の文言をハイライト表示しました。担当者は、AIが指摘したこれらの形式的な条文について、先方のB社と交渉し、自社に有利な文言に修正することで「リスク排除済み」と判断し、契約を締結しました。
ところが、契約締結から1年後、B社の担当者の異動を機に、B社側のシステム保守に対する対応の質が著しく低下し始めました。具体的には、A社からの緊急の保守依頼に対する初動が大幅に遅れ、それが原因でA社のサービスに一時的な障害が発生し、顧客からの信用を失う事態に至りました。
このトラブル発生時、A社の担当者が契約書を再度確認したところ、AIが指摘しなかったある条項に重大な問題があることが判明しました。それは、「本契約における保守の範囲は、契約書添付の別紙に定める技術仕様書に準ずる」という、一見すると形式的な条文でした。
実は、この技術仕様書には、過去の取引において口頭で合意していた「緊急時の対応時間(〇時間以内)」や「担当者の資格要件」といった、業務の品質を担保する上で極めて重要な細かな取り決めが一切盛り込まれていなかったのです。AIは、契約書の形式的な文言(義務や権利の記述)はチェックできましたが、契約書本体ではなく別紙にある仕様書の内容や、長年にわたる取引の中で築かれてきた「口頭の慣行」と、現在の書面の内容との間に生じた「乖離」までは判断できませんでした。
結果としてA社は、「契約書に明記されていない」ことを理由にB社から責任を逃れられ、業務の品質低下による損害を十分に賠償請求できず、長年の取引関係も解消せざるを得ない事態に発展しました。AIレビューは形式的なリスクを排除できても、取引実態や将来の紛争予防の観点から契約書の全体像を把握し、必要な情報が漏れていないかという「客観的な視点」を提供できなかったのです。
AIが判断できない法的リスクと契約の盲点
上記の事例が示すように、AIによる契約書レビューは万能ではありません。AIは「過去のデータ」や「設定されたルール」に基づいたパターン認識に優れていますが、個別の取引特有の事情や、法律の解釈、ビジネスの現場で生じる「人の感情」を伴う紛争リスクを予見する能力は持ち合わせていません。ここでは、AIが判断できない法的リスクの代表的な側面について、法律の専門用語を交えて解説します。
信義則(しんぎそく)
「信義則」とは、法律用語の一つで「信義誠実の原則」を略したものです。民法第1条第2項に規定されており、権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならないという、法的な行為を行う際の基本的な規範を指します。
AIレビューは、契約書に書かれている文字情報を基に判断しますが、この信義則に基づく判断は極めて高度な人間の知性を必要とします。例えば、契約書に記載されていない事項であっても、取引の経緯や当事者間の長年の信頼関係から、「これをやらないのは信義に反する」と判断される場合があります。
先の事例で言えば、B社が長年守ってきた「緊急対応の早さ」は、契約書には明記されていなくても、信義則上、突然これを反故にすることは許されないと解釈される可能性もあります。しかし、AIは契約書に記載のない事項について、このような法的解釈の奥行きをもってリスクを指摘することはできません。
特約(とくやく)
特約とは、契約書において当事者が特別に合意した事項を指します。これは、民法などの法律の規定(任意規定)とは異なる内容を定めることが多く、当事者間の特別なニーズや事情を反映させるために設けられます。
AIレビューは、一般的な契約書ひな形との比較によって、特約の存在そのものは識別できます。しかし、その特約が「なぜ」必要なのか、「どのようなリスク」を想定して加えられたのかという、作成者の意図や背景を理解することはできません。
特約は、法律の条文をただなぞるのではなく、特定のビジネス上のリスクや将来のトラブルを未然に防ぐためにオーダーメイドで作成されるべきものです。専門家は、依頼者からのヒアリングを通じて、その特約が本当に依頼者の利益を守るものになっているか、あるいは他の条項と矛盾していないかといった多角的な視点から精査します。AIは形式的なチェックはできても、この「個別性・専門性」の担保はできません。
契約の目的(けいやくのもくてき)
契約の目的とは、その契約を結ぶことによって当事者が最終的に何を達成しようとしているのかという、契約の本質的な意義を指します。この目的は、契約書全体の解釈、特にあいまいな条文の解釈において最も重要視されます。
AIは、個々の条文の文言チェックには長けていますが、契約書全体を一読した上で「この契約は当事者間の〇〇というビジネス上の利益を実現するために存在する」という、契約の全体像と本質的な目的を把握することは苦手です。
先の事例のように、別紙の仕様書に重要な情報が欠けていた場合でも、契約の目的である「継続的かつ高品質なシステム保守」という視点から契約書全体をレビューできれば、専門家はその仕様書の不備を看破できたはずです。契約の目的から逸脱した条項や、目的を達成するための必要条件が漏れている箇所を見つけ出すためには、取引の背景にあるビジネスの構造を理解できる、人間の専門家の目が必要不可欠です。
民法第545条と契約の信頼性
AIレビューの限界は、契約書の最も重要な機能の一つである「紛争予防」という側面から見ると明らかになります。紛争が生じた際に、契約書がどのように機能するかを理解することは、契約書を作成する上での基本です。
ここで、契約の解除に関する民法の一つの条文を見てみましょう。
民法第545条
「当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。」
この条文は、契約が解除された場合、当事者は契約がなかった状態、すなわち「原状」に戻す義務を負うことを定めています。一見シンプルな規定ですが、この「原状回復」が具体的に何を指すのか、金銭の返還だけなのか、あるいは物品の返却やサービスの取り消しまで含むのかは、契約の内容や解除に至った経厳によって複雑に変化します。
AIは、契約書に「契約解除時の処理」が書かれているかどうかはチェックできます。しかし、解除に至る具体的なトラブルの状況を想定し、この民法の条文を適用した際に、依頼者にとって最も不利にならないように、特約や具体的な原状回復の方法をあらかじめ契約書に盛り込むという、高度な「紛争の予見」に基づいた対策はできません。
専門家による契約書レビューは、単に法律に違反していないかを見るだけでなく、この民法第545条のような条文が現実のトラブルでどのように適用されるかを予測し、契約書を「紛争予防のための盾」として機能させるための具体的な文言を検討するのです。つまり、契約書に「信頼性」と「実効性」を与えることが、専門家の最も重要な役割と言えます。
契約書のリスク管理は費用対効果で考える
AI技術の進化は目覚ましく、契約書レビューの現場に革命をもたらしつつあります。定型的な契約書や、大量に発生する文書の一次チェックにおいて、AIツールは時間とコストを大幅に削減できる有効な手段です。
しかし、AIの最大の弱点は、法律の解釈をめぐる「あいまいさ」や、取引の背景にある「人間的な意図」「将来の紛争予見」といった、形式的な文言を超えた部分を判断できない点にあります。
契約書は、単なる紙の文書ではなく、将来のリスクに対する保険であり、ビジネス上の信頼関係を構築するための基盤です。特に金額の大きな取引や、継続的な関係を前提とする重要な契約においては、AIによる形式的なチェックだけでは不十分であり、専門家による客観的で、かつ個別具体的な事情を踏まえた専門的な助言が不可欠です。
契約書作成やレビューにかける手間や費用を「コスト」と捉えるのではなく、「将来のリスクを回避するための投資」として捉え直すことが、企業のリスク管理の鉄則です。形式的なレビューはAIに任せつつ、重要度の高い契約や、複雑な特約を含む契約については、客観的な第三者である専門家に依頼することで、真のリスクを最小化し、安心してビジネスを継続できる体制を構築することが、最も費用対効果の高い戦略と言えます。
契約書の最終的な安心は経験豊富な専門家へ
契約書は、法律の専門知識だけでなく、様々な業種や取引形態に関する豊富な実務経験が求められる分野です。AIによるレビューが一般的なリスクのスクリーニングを担うのに対し、行政書士などの法律専門家は、ご依頼者様から詳しくヒアリングを行い、取引の全体像、業界特有の慣行、そしてご依頼者様が持つ将来の懸念事項を深く理解した上で、その契約書が持つべき「個別の実効性」を高めます。
私たち行政書士は、AIのチェックでは見落とされがちな「契約の目的からの逸脱」「当事者間の信義則に基づいた義務の確認」「将来起こりうる紛争の具体的な予防策」といった、人間の視点による判断と助言を提供します。それは、単に不利な条文を削除するだけでなく、ご依頼者様のビジネスを守り、円滑な取引の継続を可能にするための、最適な文言と構造を契約書にもたらすことを意味します。
契約書作成やレビューについて、少しでも不安を感じられた方は、ぜひお気軽にご相談ください。お問い合わせは、専用のお問い合わせフォームの他、LINEからも24時間受け付けております。ご相談内容を確認後、速やかに、専門家としての経験に基づいた適切なアドバイスをもって返信させていただきます。あなたのビジネスを法的側面から支える力となることができれば幸いです。




