下請法が適用される請負契約書の作成ポイント コンプライアンス遵守と親事業者の責任範囲
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はじめに
企業の取引において、特に大企業や一定規模の親事業者が中小の下請事業者に対して業務を発注する請負契約においては、下請代金支払遅延等防止法(下請法)の適用を受けることが非常に多くあります。この法律は、取引上の優越的な地位にある親事業者から、経済的弱者となりがちな下請事業者を保護するために制定されており、親事業者に対しては非常に厳格な四つの義務と十一項目の禁止行為を課しています。
下請法が適用されるにもかかわらず、その義務を怠ると、公正取引委員会や中小企業庁による立ち入り検査や指導、勧告の対象となり、企業の信用を大きく損なうリスクを負うことになります。特に、請負契約の基本となる「発注書面」や「請負契約書」に、法で定められた事項の記載漏れがあるだけで、親事業者は書面交付義務違反という重大な法令違反を問われることになります。
この文書では、下請法の適用範囲、親事業者が負うべき義務、そして法的な要件を完全に満たす請負契約書を作成するための具体的なポイントについて、法律の専門用語が多少わかる方を対象として、詳細かつ丁寧に解説してまいります。単なる契約の成立だけでなく、法令遵守を確実にするための実務的な知恵をお伝えし、皆様の事業の法的コンプライアンス体制構築の一助となれば幸いです。
この記事を読んで得られる三つの重要な理解
この記事を最後までお読みいただくことで、下請法が適用される請負契約書作成において不可欠な次の三つの重要な点について、深い理解を得ることができます。
第一に、下請法が適用される取引において、親事業者が法定の記載事項を契約書に盛り込まなかったために、実際にどのような行政指導や法的リスクに直面したのかを、仮想事例を通じて認識できます。
第二に、下請法の適用範囲を決定する「資本金要件」の基準や、親事業者が負うべき義務の中核である「書面交付義務」、そして法が保護する「下請事業者」の定義といった重要用語の概念を正確に理解できます。
第三に、下請法第3条が定める法定記載事項をすべて網羅し、かつ支払い条件を明確にすることで、法的な義務を確実に履行するための具体的な発注書面の記載例と、専門家の客観的な視点を取り入れる重要性を認識できます。
法定記載事項の不備が原因で発生した親事業者への行政指導事例
ここに、下請法の適用を受けるにもかかわらず、発注書面(請負契約書)に法定の記載事項が欠けていたために、親事業者が公正取引委員会から行政指導を受けてしまった架空の事例をご紹介します。これはあくまでも契約の重要性を理解するための事例であり、実際の事件ではありません。
中堅の情報サービス企業である甲社(資本金三億円)は、個人事業主である乙氏(資本金なし)に対し、自社のクライアント向けシステムの保守業務を継続的に請け負わせていました。甲社は乙氏に対し、口頭で業務を依頼することが多く、書面を交わす場合でも、業務の内容、納期、報酬額のみを記載した簡単な電子メールのやり取りで済ませていました。
甲社の資本金は下請法の親事業者要件(情報サービス業の場合、資本金一千万円超)を満たし、乙氏は個人事業主であるため下請事業者に該当し、この取引には下請法が適用されていました。しかし、甲社が交付していた発注書面には、下請法第3条で定められた法定記載事項のうち、「下請代金の支払期日及び支払方法」「検査の有無及び検査期間」「原材料等を支給する場合の対価」といった極めて重要な項目が記載されていませんでした。
一年後、乙氏は甲社からの報酬支払いが遅延したことなどを理由に、公正取引委員会に対し、甲社の下請法違反の疑いを通報しました。これを受け、公正取引委員会は甲社に対し立ち入り検査を実施しました。検査の結果、甲社が継続的に交付していた発注書面(契約書)が、法定の記載事項を欠いており、書面交付義務違反を犯していることが判明しました。
公正取引委員会は、甲社に対し、この書面交付義務違反について厳重な注意を与え、全取引先への発注書面を見直し、法定事項を追記するよう指導を行いました。この指導により、甲社は全ての取引先との契約書を緊急で改定する必要が生じ、多大な手間と費用、そして企業のコンプライアンス体制に対する信用を失うことになりました。さらに、この行政指導の事実は、業界内で広く知られることとなり、新規の取引先獲得にも悪影響を及ぼしました。
この事例が示す教訓は、下請法が適用される取引においては、契約書(発注書面)の作成と交付が、単なる契約の証拠だけでなく、親事業者の法的義務そのものであり、法定の記載事項を一つでも欠くことは、行政指導の直接的な原因となるということです。
下請法を遵守するための法的知識と請負契約上の重要用語の理解
下請法の適用要件(資本金要件)
下請法が適用されるかどうかは、取引の内容(製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託)と、親事業者と下請事業者の資本金規模の組み合わせによって決まります。例えば、情報成果物作成委託や役務提供委託の場合、親事業者の資本金が一千万円を超えていれば、その相手方が個人事業主または資本金一千万円以下の会社であれば下請法の適用を受けます。
したがって、企業はまず、自社の資本金と取引先の資本金を正確に把握し、その取引が下請法の適用を受けるのかどうかを取引開始前に判断することが、コンプライアンス体制構築の第一歩となります。この判断を誤ると、取引全体が法令違反の状態となるリスクを負います。
書面交付義務
下請法第三条第一項には、「親事業者は、下請事業者に製造委託等をする場合は、直ちに、公正取引委員会規則で定める事項を記載した書面を下請事業者に交付しなければならない。」と規定されています。これが書面交付義務です。
この義務の核心は、業務開始前に、取引条件を明確にした書面を交付することであり、口頭での発注や、業務開始後に書面を交付することは、原則としてこの義務違反となります。そして、この書面には、単なる業務内容や報酬だけでなく、下請法で定められた12項目(ただし役務提供委託の場合は一部異なる)の法定記載事項をすべて盛り込まなければなりません。
支払期日制限
下請法第二条の二では、親事業者は、下請代金の支払期日を、下請事業者の給付の受領日(納品日)から起算して六十日の期間内で、かつ、できる限り短い期間内に定めなければならないと規定されています。
したがって、請負契約書において、下請代金の支払期日を「納品月の翌々月末日払い」のように、納品日から六十日を超えてしまうような設定にすることは、この義務に違反します。契約書作成の際には六十日ルールの遵守が必須となり、支払期日と方法を明記し、あいまいな定義を残さないことが重要です。
下請法第3条に基づく具体的な発注書面の記載文例
(下請代金支払遅延等防止法第3条に基づく記載事項)
1 委託の内容及びその実施方法 〇〇システムの保守業務
2 委託品(本件成果物)の受領期日 毎月〇〇日までに完了報告書をもって納品する
3 委託品の検査の有無 検査を実施する
4 委託品の検査を完了する期日 受領日から起算して十日以内
5 下請代金の額 毎月金〇〇円(消費税及び地方消費税を含む)
6 下請代金の支払期日 本件成果物の受領日(納品日)から起算して四十五日以内
7 下請代金の支払方法 〇〇銀行振込とする
この文例のポイントは、検査の有無と検査期間、支払期日の三点が明確であり、六十日ルールにも適合している点です。
法令遵守は費用を惜しまず専門家の視点を取り入れるべき理由
下請法は行政法規であり、違反時には指導や勧告といった直接的な影響が生じます。そのため契約書の整備は単なる書式準備ではなく、企業の信用維持に直結します。雛形利用は便利ですが法定事項を満たさないケースも多く、無意識の違反につながる可能性があります。実務に即した契約体制を築くためには、法務に詳しい行政書士の介入が効果的です。
下請法対応契約書・公正証書の相談について
当事務所では下請法第3条に基づく契約整備、公正証書化、既存契約の改修まで幅広く対応しています。業種や取引内容を踏まえ、法令違反を回避した契約デザインを提案いたします。ご相談はフォームまたは公式LINEから受け付けております。事業の安全性と信用価値を高める第一歩として、お気軽にご連絡ください。




