契約不適合責任の免責特約 買主と売主のリスク分担を明確にする契約書作成の要点
はじめに
2020年4月に施行された改正民法は、契約を巡る法律関係に大きな変更をもたらしました。その中でも、特に売買契約や請負契約において重要な変更点となったのが、「瑕疵担保責任」から「契約不適合責任」への見直しです。この改正により、売主や請負人が負う責任の範囲が明確化され、買主や注文者(以下、総称して買主側)が追及できる権利が拡充されました。
この新しい契約不適合責任は、売主や請負人(以下、総称して売主側)にとって、予期せぬ責任を負うリスクを高めることになります。そのため、ビジネスにおけるリスクを適切に管理するためには、契約書において、この契約不適合責任に関する免責特約をどう設定するかが、極めて重要な法的戦略となります。契約書は、法律の原則論をそのまま適用するのではなく、当事者間の合意によってリスクを分担し直すためのツールだからです。
この文書では、契約不適合責任の概要と、売主側がそのリスクを最小限に抑えるために契約書に盛り込むべき免責特約の法的要点について、民法改正の内容を理解されている方を対象として、詳細かつ専門的に解説してまいります。単なるテンプレートの利用では得られない、実務上の注意点と法的な考え方をお伝えし、皆様の事業の法的安定性向上の一助となれば幸いです。
この記事を読んで得られる三つの重要な理解
この記事を最後までお読みいただくことで、契約不適合責任に関する契約書作成において不可欠な次の三つの重要な点について、深い理解を得ることができます。
第一に、契約不適合責任の範囲や期間について契約書に明確な定めがなかったために、契約後に売主側が予期せぬ修補や損害賠償の請求に直面した具体的な紛争事例を認識できます。
第二に、契約不適合責任という新しい概念を理解するための法的知識と、「契約不適合」「追完請求権」「免責特約の限界」といった重要用語の概念を正確に把握し、これらが契約書上でどのように機能するのかを理解できます。
第三に、売主側として、契約不適合責任を巡る将来の紛争リスクを最小限に抑え、買主側とのリスク分担を明確にするために、専門家が契約書に盛り込むべき具体的な免責特約の記載例と、その作成の重要性を認識できます。
契約不適合責任の範囲が不明確だったために発生した請負代金の紛争事例
ここに、請負契約において、完成物の契約不適合責任に関する規定が曖昧であったために、請負代金の支払いを巡る深刻な紛争が発生してしまった架空の事例をご紹介します。これはあくまでも契約の重要性を理解するための事例であり、実際の事件ではありません。
システム開発会社である甲社は、クライアントである乙社から、特定の業務プロセスを自動化するための基幹システムの開発を請け負いました。請負契約書には、納品されたシステムが契約内容に適合しない場合に甲社が負う責任について、「民法の規定に従う」としか記載されておらず、責任の期間、通知の期限、および免責の範囲については具体的な特約が一切ありませんでした。
システムは期日通りに納品され、乙社は代金の一部を支払いました。しかし、稼働後三ヶ月が経過した頃、乙社は「特定の条件下で処理速度が極端に低下する」「一部のレポート機能が出力されない」といった不具合を指摘し、「これは契約内容に適合しないシステムである」として、甲社に対しシステムの無償での修補(追完請求)を求めるとともに、不具合により生じた業務の遅延に伴う損害賠償を請求しました。さらに、システムの不適合を理由に、残りの請負代金の支払いを拒否しました。
甲社は、「指摘された不具合は軽微なものであり、納品後三ヶ月も経ってからでは、システムの利用による摩耗や乙社の環境変化も影響している可能性がある。無償での修補や損害賠償にまで応じる義務はない」と主張しました。
しかし、契約書に**「不適合の通知は納品後一ヶ月以内に限り受け付ける」といった期間制限や、「軽微な不適合については、損害賠償の請求はできない」**といった免責特約がなかったため、甲社は民法の原則通り、乙社からの追完請求や損害賠償請求に直面することになりました。
結果として、甲社は、本来想定していなかった長期にわたる無償修補作業と、残代金の未払い、そして損害賠償請求という三重苦を負うことになり、乙社との関係も悪化し、多大な時間と費用をかけて法的な対応を余儀なくされました。
この事例が示している教訓は、民法の規定に全てを委ねるのではなく、契約の性質と当事者の力関係に応じて、契約不適合責任の範囲を契約書で具体的に調整する免責特約の重要性を無視してはならないということです。
契約不適合責任のリスクヘッジのための法的解説と重要用語の理解
契約不適合責任を適切に管理するためには、民法改正によって導入された新しい概念とその法的効果を正確に理解し、契約書にその内容を反映させる必要があります。ここでは、特に重要な三つの用語と概念を解説します。
契約不適合
契約不適合とは、売買契約や請負契約において納品された目的物や仕事の完成物が、種類、品質、または数量に関して契約の内容に適合しないことを指します(民法第五百六十二条等)。従来の「瑕疵(かし)」という概念が物理的な欠陥に限定されがちであったのに対し、契約不適合は、契約書で定めた仕様や性能を満たしているかという点に焦点を当てています。
例えば、契約書で「処理速度は毎秒100件以上」と定めていたのに、納品されたシステムが毎秒80件しか処理できなかった場合、これは契約不適合にあたります。買主側は、契約不適合がある場合、追完請求、代金減額請求、損害賠償請求、契約解除という四つの権利を行使できることになりました。売主側としては、これらの権利の行使をいつまで、どのような条件で受け入れるかを契約書で明確に定める必要があります。
追完請求権と損害賠償請求権
契約不適合責任における買主側の主要な権利が、追完請求権と損害賠償請求権です。
追完請求権とは、民法第五百六十二条に「買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。」と規定されている通り、売主に対し目的物を契約に適合させるための修補や交換を求める権利です。売主は原則として、買主が請求した方法で追完しなければなりませんが、売主側にとって過大な費用がかかる場合などには、他の方法による追完を請求することができます。
損害賠償請求権とは、契約不適合によって買主側に損害が発生した場合に、その賠償を求める権利です(民法第四百十五条)。契約不適合責任では、売主側に帰責事由(過失)がある場合にのみ、損害賠償義務が発生します。契約書で免責特約を設ける際は、この損害賠償の範囲を「直接損害に限る」などと制限することが、リスクヘッジの重要なポイントとなります。
免責特約の限界と通知期間
契約不適合責任に関する規定は、任意規定(当事者の合意で変更できる規定)であるため、売主側は契約書に免責特約を設けることで、その責任の全部または一部を免れることができます。しかし、この免責特約には限界があります。
例えば、売主が知っていたにもかかわらず買主に告げなかった不適合については、その責任を免れる特約は無効となります(民法第五百七十二条)。これは、売主側の信義則(誠実な取引)違反を防ぐための規定です。
また、特に売買契約においては、買主が不適合を知った時から一年以内にその事実を売主に通知しないと、追完請求や損害賠償請求などの権利を行使できなくなるという通知期間の規定があります(民法第五百六十六条)。契約書でこの通知期間を「引渡しから一ヶ月以内」などと短縮することは可能ですが、あまりに短すぎる期間を設定すると、消費者契約法などの適用により無効とされるリスクがあるため、合理的な範囲で定める必要があります。
契約不適合責任に関する具体的な免責特約の文例
先に解説した法的概念を踏まえ、売主・請負人側のリスクを軽減するために契約書に盛り込むべき具体的な免責特約の記載例を提示します。これは、責任の期間と損害賠償の範囲を限定することを目的とした条項の例です。
(契約不適合責任)
1 売主は、買主に対し、本物件の種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しない場合(契約不適合)があるときは、本物件の引渡しの日から起算して三ヶ月間に限り、その責任を負うものとする。買主は、この期間内に契約不適合を発見した場合、直ちにその旨を売主に書面にて通知しなければならない。
2 前項の期間を経過した後に発見された契約不適合について、売主は一切の責任を負わないものとする。
3 契約不適合に起因して買主に損害が生じた場合であっても、売主が賠償する損害は、本契約の代金額を上限とし、逸失利益、特別損害、及び間接損害については、その責任を負わないものとする。
この文例のポイントは、第一に、民法の原則である「知った時から一年以内」という通知期間を、引渡しの日から起算して「三ヶ月間」と短縮している点です。これにより、売主側が負う責任の終期を明確にし、長期にわたるリスクを回避できます。
第二に、契約不適合に起因する損害賠償の範囲を、「本契約の代金額を上限」とし、「逸失利益や間接損害については責任を負わない」と具体的に限定している点です。これにより、予期せぬ巨額な賠償請求リスクを回避し、リスクの範囲を代金相当額に限定できます。
契約書の作成は手間や費用を惜しまず専門家の客観的な助言を得るべき理由
契約不適合責任に関する免責特約は、単に「一切責任を負わない」と書けば良いというものではありません。消費者契約法や、民法上の信義則に反するとして、裁判でその条項の全部または一部が無効と判断されるリスクが常に存在します。特に、民法改正後の新しい概念であるため、その解釈や判例の積み重ねはまだ途上にあり、専門家による慎重な検討が不可欠です。
契約書を作成する際、その手間や費用を惜しまないという判断が、事業の安定性を守るための最も重要な投資となります。インターネット上の雛形や、一般的な契約書のテンプレートは、あくまで形式的なものであり、個別の取引におけるリスクや、当事者の力関係、そして事業の特性に応じた適切なリスク分担を実現するものではありません。
したがって、契約不適合責任のような複雑かつ新しい法的なリスクを適切にヘッジするためには、契約実務と民法改正の内容に精通した法律の専門家に依頼し、客観的な視点から、自社の事業に最適化された免責特約の設計と、契約書全体のバランスについて助言を得ることが不可欠です。専門家は、単なる法的正確性だけでなく、条項が無効となるリスクを回避し、実効性のあるリスクヘッジを実現するためのサポートを提供します。
契約書作成や公正証書に関する行政書士へのご相談について
売買契約書や請負契約書における契約不適合責任の免責特約の設定は、行政書士の得意とする専門業務の一つです。当事務所では、民法改正後の法的環境を踏まえ、売主・請負人側の事業リスクを最小限に抑えるための、実効性のある契約書作成を承っております。お客様の事業内容や取引の特性を入念にヒアリングし、予期せぬ責任追及リスクを回避するための最適な条項をご提案いたします。
また、契約書に定められた代金や報酬の支払いに関する条項を公正証書とすることで、万が一、買主・注文者からの支払いが滞った場合でも、裁判手続きを経ることなく、直ちに強制執行が可能となる法的効力を持たせることができます。これは、特に高額な取引において、売主・請負人の債権保全を強力にサポートする手段となります。
契約不適合責任に関する契約書作成や、既存の契約書の民法改正対応へのご不安、公正証書化に関するご質問などがございましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。お問い合わせは、ウェブサイトのお問い合わせフォームから、または公式ラインアカウントを通じていつでも承っております。ラインでのお問い合わせには、迅速に返信することを心がけております。お客様の事業の法的安定性の向上と、契約を巡るリスクの最小化に向けて、法律の専門家として全力でサポートさせていただきます。最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。




