顧問契約書の雛形活用リスク 顧問料と業務範囲の明確化でトラブル回避
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1 はじめに
企業の経営課題を解決したり、専門的な知見に基づくアドバイスを得たりするうえで、顧問契約は現代のビジネスにおいて欠かせない形態となっています。コンサルタントや士業などの専門家が継続的に企業をサポートすることで、安定した事業成長を図ることができます。
しかし、その土台となる顧問契約書を、インターネット上で見つけた雛形に安易に頼ってしまうと、顧問業務の範囲や責任、そして顧問料の支払いを巡って、後々重大なトラブルに発展するリスクを抱えることになります。
顧問契約書は、単に「アドバイスをする」という抽象的な合意を文書化するだけのものではありません。どのような業務を、どの程度の頻度で、どれだけの責任を持って行うのかという「期待値の調整結果」を、法的に固定するための重要なツールです。特に、顧問料という継続的な支払いが発生する性質上、業務の成果や範囲が不明確なままだと、双方にとって大きなストレスの原因となり得ます。
本記事では、顧問契約書を作成する際に、雛形を利用することのリスクを整理したうえで、トラブルを未然に防ぐために契約書に必ず盛り込んでおきたい法的なポイントや重要用語について解説します。法律の基本的な用語にある程度なじみのある方を対象に、少し踏み込んだ内容も扱っていきます。安定した顧問関係を築くための指針として、最後までお読みいただければ幸いです。
2 この記事を読んで得られる三つの重要な理解
本記事を通じて、顧問契約を締結・見直しするうえで、特に重要となる次の3点について理解を深めていただけます。
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① 業務範囲の曖昧さが生むトラブルの具体像
顧問業務の範囲が不明確なまま契約してしまうと、どのように業務量の増加や顧問料の支払いトラブルにつながるのかを、仮想事例を通じてイメージできます。 -
② 顧問契約に不可欠な法的概念の整理
安定した顧問契約を維持するために押さえておくべき「善管注意義務」「秘密保持義務」「契約不適合責任」といった重要用語の意味と、顧問契約における役割を理解できます。 -
③ 顧問料・解除・精算を巡るリスクを抑える条項設計
顧問料の支払い遅延や、契約解除時の精算といったリスクを回避するために、専門家がどのような視点で条項を設計しているのか、その具体例を通じて把握できます。
3 業務範囲が曖昧だったために発生した顧問契約のトラブル事例
ここでは、顧問契約書における業務範囲と顧問料の規定が不十分だったために、顧問側とクライアント側との間で紛争が発生してしまった架空事例をご紹介します。実際の事件ではありませんが、契約の重要性を理解するうえでイメージしやすいモデルケースです。
中小企業である甲社は、業績改善のため、経営コンサルタントである乙氏と顧問契約を締結しました。契約書は、インターネットで入手した一般的な雛形を流用し、月額顧問料の金額と「経営全般に関するアドバイスを行う」という抽象的な業務内容のみが記載されていました。
具体的なアドバイスの提供方法、月あたりの面談回数、メールや電話での対応時間などについては、特段の定めはありませんでした。
契約締結後、乙氏は週1回の定期面談と、メールでの質疑応答に対応していましたが、次第に甲社社長の期待が膨らんでいきます。「経営全般」という文言を広く解釈し、乙氏に対し、新規事業計画書の作成、金融機関への提出資料の作成、従業員との個別面談による人事評価への関与など、本来はスポットコンサルティングや社内人材が担うべき実務レベルの業務まで求めるようになっていきました。
当初の想定を超える業務量に対し、乙氏は「これは顧問契約の範囲を超える実務代行であり、別途費用が必要」と主張しました。しかし甲社側は、「契約書には『経営全般に関するアドバイス』と書いてあるのだから、事業計画の作成や資料のチェックも当然含まれるはずだ」と反論し、顧問料の増額要求を拒否しました。
そのうえ、甲社の業績が思うように改善しなかったため、甲社は「顧問の助言が不十分だった」と主張し、顧問料の支払いを滞らせ始めます。契約書には、顧問料不払い時の解除条項や遅延損害金の定めがなく、乙氏は未払い顧問料回収のために内容証明郵便の送付など、本来の業務とは異なる法的対応に追われることになってしまいました。
この事例が示しているのは、顧問契約書の中で「何をして、何をしないのか」という業務の境界線を明確にしていなかったことにより、クライアント側の期待が過度に拡大し、結果として顧問側の業務負担とトラブルが増大したという点です。抽象的な文言だけの契約書は、双方の信頼関係を損なう火種になり得ることを、あらためて意識する必要があります。
4 安定した顧問契約を維持するための法的知識と契約上の重要用語
顧問契約を安定的に継続させるためには、業務範囲や報酬を明確にするだけでなく、顧問が負うべき責任の範囲を法的に整理し、契約書に反映させることが不可欠です。ここでは、顧問契約において特に重要となる三つの用語とその概念を解説します。
4−1 善管注意義務
顧問契約は、一般に民法上の「準委任契約」の性質を持つと考えられます。民法第656条は、「この節の規定は、委任以外の事務の委託について準用する。」と定めており、委任の規定(民法第644条)が準用されます。
民法第644条では、受任者(ここでは顧問)が「善良な管理者としての注意をもって、委任事務を処理する義務」を負うことが定められています。これがいわゆる「善管注意義務」です。
善管注意義務とは、専門家として、その職業・地位にある者に一般的に期待される注意の水準を指します。例えば、経営コンサルタントであれば、その分野の専門家として通常備えているべき知識・経験に基づき、合理的・妥当なアドバイスを行う義務を負う、というイメージです。
ただし、これは「必ず業績を改善させる」といった結果保証義務ではありません。契約書上は、「顧問は善良な管理者の注意義務の範囲内で助言業務を行う」といった形で、責任の範囲を明確にすることにより、クライアント側の過度な期待を抑制しやすくなります。
4−2 秘密保持義務
顧問契約においては、クライアント企業の機密情報(財務状況、顧客リスト、事業計画、技術情報など)にアクセスすることが避けられません。これらの情報が外部に漏洩した場合、企業に甚大な損害を与える可能性があります。
そのため、顧問契約書には、クライアントから開示された情報を第三者に漏らさない、契約目的以外に使用しないといった秘密保持義務に関する条項を、具体的に規定しておく必要があります。秘密保持義務は、契約期間中はもちろん、契約終了後も一定期間継続させるのが一般的です。
また、どの情報が「秘密情報」に該当するのか、口頭での開示やメールでのやり取りも含むのか、といった点を明確にし、秘密情報の定義・管理方法・義務違反時の損害賠償の範囲などを契約書上で整理しておくことが重要です。
4−3 契約不適合責任(旧 瑕疵担保責任)
民法改正により、「瑕疵担保責任」に代わって「契約不適合責任」という概念が導入されました。顧問契約においては、主に顧問が作成・納品する成果物(経営戦略レポート、各種マニュアルなど)の品質に関して問題となり得ます。
もし成果物が契約内容に適合しない品質であった場合、クライアントは追完請求(修正・追加の要求)、代金減額請求、損害賠償請求、契約解除などを主張できる可能性があります。
顧問契約は、「結果」そのものの保証ではなく、「善管注意義務に基づく助言・情報提供」が基本ですが、成果物を伴う業務では、「どの程度の品質レベルを契約上要求するか」を事前にすり合わせておくことが大切です。
そのうえで、契約書の中で「提供する情報や成果物は、一般的に入手可能な情報に基づくものであり、その完全性・特定目的への適合性を全面的に保証するものではない」といった免責を定めるかどうかを検討していくことになります。ただし、免責条項は善管注意義務と矛盾しない範囲で設計する必要があり、慎重なバランス感覚が求められます。
5 トラブルを未然に防ぐ具体的な契約条項のイメージ
ここまでの法的概念を踏まえたうえで、顧問契約における業務範囲と報酬体系を明確にするための、条項イメージをご紹介します。実際の契約では個別事情に合わせて修正が必要ですが、「どのような書きぶりで整理するか」の参考としてお役立てください。
顧問業務の範囲と顧問料に関する条項例
(顧問業務の範囲と顧問料) 1 乙は、甲に対し、甲の経営課題に関する助言及び相談業務を、 善良な管理者の注意をもって行うものとする。 具体的には、月一回の定期面談(一回につき二時間を上限とする。)及び、 電子メールによる週三件までの質疑応答を業務範囲とする。 ただし、具体的な事業計画書の作成、財務諸表の代行作成、 又は金融機関への同行といった実務代行は、本契約の業務範囲外とする。 2 前項に定める業務に対する顧問料は、月額金〇〇円(消費税別)とし、 甲は、毎月〇〇日までに、その当月分を乙が指定する銀行口座に振り込む 方法により支払うものとする。なお、振込手数料は甲の負担とする。 3 甲が、本契約の業務範囲を超える実務代行を乙に依頼する場合、 甲及び乙は別途協議の上、その業務内容、費用及び期間を定めるものとする。
このように、
- 「助言・相談」としての顧問業務の中身を、提供方法・回数・時間なども含めて具体化すること
- 実務代行に該当する業務をあえて「範囲外」として明示しておくこと
- 顧問料の金額・支払期日・支払方法を具体的に特定すること
によって、業務量の膨張や報酬トラブルのリスクを大きく抑えることができます。
6 顧問契約は費用や手間を惜しまず専門家の視点を取り入れることが大切です
顧問契約は、クライアント企業の機密情報に深く関わり、企業の将来を左右し得る重大な契約です。その契約書作成を、ネット上の一般的な雛形だけに依存してしまうのは、個々のビジネス特性や顧問業務の実態、潜在的なリスクを軽視することにつながりかねません。
雛形はあくまで「汎用的な骨格」にすぎず、IT・人事・財務など、顧問の専門分野や業界ごとの慣行、顧問に期待する役割の違いまでは織り込まれていません。その結果、「うちの業務には微妙に合っていない」条項が混ざったまま契約してしまい、後々、紛争の火種となることも珍しくありません。
顧問契約書を作成・見直しする際には、短期的な作成コストだけを見るのではなく、「将来のトラブル予防」という視点で考えることが重要です。法律の専門家に相談し、第三者の客観的な視点から、
- 業務範囲・責任範囲の明確化
- 顧問料の設計と支払条件
- 秘密保持の範囲と期間
- 解除・精算・遅延時の取扱い
などについて、自社の実情に即した助言と条項設計を受けることが、安定した顧問関係を築くための近道です。
7 顧問契約書作成や公正証書に関する行政書士へのご相談について
顧問契約書の作成や、既存契約のリーガルチェックは、行政書士が日常的に取り組んでいる専門業務のひとつです。当事務所では、コンサルタントや各種専門家として活動されている顧問側の方、そして顧問を受ける企業側の方、双方の立場を踏まえたうえで、公平かつ明確な顧問契約書の作成をサポートしております。
特に、顧問料の支払い条項を含む顧問契約書については、公証役場での手続きを経て「公正証書」としておくことも検討に値します。公正証書化しておけば、万が一顧問料の未払いや遅延が発生した際に、裁判を経ることなく強制執行手続に進むことができ、顧問としての継続的な収入を法的にも担保しやすくなります。
顧問契約書の作成・見直しに関してご不安がある方、公正証書化に興味をお持ちの方は、どうぞお気軽にご相談ください。お問い合わせは、ウェブサイトのお問い合わせフォームのほか、公式LINEアカウントからも受け付けております。LINEであれば、移動中などでも手軽にご相談いただくことができ、ご連絡内容を確認し次第、できる限り迅速な返信を心がけております。
お客様が安心して事業に専念できるよう、顧問契約書という「見えないインフラ」を法的な側面から整えることが、行政書士としての私たちの役割です。最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。




